所有欲や独占欲

所有欲や独占欲について、最近よく考える。もちろんそれらは自分にもあって、その欲が分かりやすく出てくると、少し自分のことが嫌になったりする。昔のことなんだけど、他者との時間の中で忘れられない言葉や時間があって。その中のひとつに高校進学のときがある。あの期間は、何かそういう欲が働いてしまったのだろう、それがすごく嫌で、抵抗して喧嘩して最終的には分かり合えたから良かったんだけど。抵抗したのは、私。それまで、そういうことは一度もなかったから、そのときの自分は今までとは違う私だった。何だか、自分の意思はそこにないのに、なぜかもう道が決まってる。そして自分が見えなくなる。

所有欲や独占欲って出てきてしまう、そういうものなのかもと思っている。大人になってもそれはある。恋人や友達や家族に対して。根本は『好き』という気持ちがあるから、嫉妬やさみしさ、相手のことを思っての行動が派生してくる。私もそうなってしまう。でもそのときに、高校進学のときの自分を思い出して、抑えようともする。

この欲がなくなったら、楽なのになと思う。恋人が別のパートナーを見つけても、友達がもっと大事な人を見つけても、家族が自分とは思わぬ方向で大切なものを見つけても。それらは『好き』から始まってる同じことならば、手放しで喜べるようになれたらどんな世界が見えるんだろうと思う。

ややこしいし、難しい困ったな。特に男と女が絡むと、次は『道徳』って問題が出てくるから余計にややこしい。皆、裸んぼでオープンな世界が出来たら、無秩序な世界になるしかないんだろうか。アダムとイブの「善悪の知識の木の実」みたいになってきた。

どうあっても、自分以外の人間は、全員他人で、他人を自分のものにすることはできないと思う。
何を手に入れるかじゃなくて、何を捨てるかが大切って、ソールライターが言ってたな。

  • 2018-07-23
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